コロンビアが取り組むCSVプロジェクト『アリガト山』から第1弾アイテムのTシャツがリリース!そのグラフィックを手がけたのは、イラストレーターであり、アメリカ3大ロングトレイルを踏破したハイカーでもある河戸 良祐(かわと りょうすけ)さん。ロングトレイルに魅了されたきっかけや『アリガト山』への思いを訊きました。
コロンビアが2018年から取り組んでいる“山への感謝”を込めたサスティナブルなプロジェクト『アリガト山』から、満を持して第1弾アイテムのTシャツがリリース! そのグラフィックを描いたイラストレーターの河戸 良佑さんは、アメリカ3大ロングトレイルを踏破したトリプルクラウナーと呼ばれるハイカーでもあります。合計1万3千㎞にも及ぶ距離を歩こうとしたロングトレイルとの出会いから、今回のコラボアイテム制作に至った経緯や『アリガト山』への思いまでたずねました。
一地点から離れてみたいという純粋な欲望
まずはアメリカ3大トレイルの概要から。西海岸沿い約4,200㎞のPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)。ほぼ中央を貫く約5,000㎞のCDT(コンチネンタル・ディバイド・トレイル)。そして東寄りをたどる約3,500㎞のAT(アパラチアン・トレイル)。北米大陸には、いずれも徒歩で数ヶ月を要する長大な3つのトレイルがあります。
ハイカーの間では、そのすべてを歩き切った者をトリプルクラウナーと呼んで称えます。河戸良佑さんもまた、PCTを2015年に、CDTを2017年に。ATを2019年に踏破した三冠達成者。けれど当人は、話を聞いた最初の時点で「トレイルの魅力は語れないけれど、経緯なら」と切り出したのでした。
「小学生の頃から家出癖があったんですね。それは一地点から離れてみたいという純粋な欲望に従った行為でしたが、今となっては旅行好きの原点と言っていいかもしれません」
学生時代は国内外を訪ね歩くバックパッカー。社会人となった26歳のとき、バックパッカーにとって未開の土地とされていたミャンマーが民主化によって開かれたと聞き、会社に休暇願を提出。これで人生が変わる経験ができるに違いないと信じて……。
「ところが、刺激が欲しくて地図も持たずに向かったら、街中にはサムソンの広告があるし、クレジットカードも普通に使える。結局、遺跡を巡るただの観光で帰ってきちゃって。もうバックパッカーも終わりなんだなあ、と痛感しました」
その後、会社を辞めフィリピンで半年の海外生活を体験するも、特に収穫がないまま帰国。自分が何をおもしろいと感じるかを探していた時期に、雑誌で北欧ロングトレイルの記事を目にしたそうです。
「謳い文句は“どこでもテントが張れる”でした。ということは、ロングトレイルはバックパッカーより上のレベルなのかと勝手に期待しました。さらに調べたら、日本ではアメリカのトレイルが有名だと知り、まずはPCTに行ってみようと、登山道具も適当にそろえて歩き始めました。それが2015年のことです」
トレイルネームはSKETCH(スケッチ)
河戸さんのハイキングを知りたいと思ったなら、『山と道JOURNALS』に掲載された全12話の『コンチネンタル ディバイド トレイル放浪記』を読んでみてください。ただしそこには、トレイルやスルーハイク自体、またはそれを行っている自分自身を誇るような表現は見当たりません。先に本人が「トレイルの魅力は語れない」と前置きしたのと同様に。そして、これが河戸さんの偽らざる考えと感じさせてくれた一文を『あとがき』で見つけました。
「ロング・ディスタンス・トレイルに強い思い入れがない。……(中略)無関心という訳ではないが、この行為自体に何も求めていない」
これは、海外トレイルに憧れる人たちを失望させまいとした著者の気配りに他ならないでしょう。しかし、だからと言って自分の気持ちに嘘はつけない。そこまで正直になる姿勢についてやんわりとたずねたら、少し間を置いてからこう答えてくれました。
「人に見られるとなると、なんでもパッケージ化しようとするでしょ。そのほうが伝わりやすいと思うから。けれどこの世の中にはわからないことのほうが多いし、すべてを明確にしなくてもいい。トレイルの途中で会ったヨガの人は、ハイキングは“心の旅”と諭してくれました。僕もその通りだと思います。カッコよくいえば、の話ですが」
となれば、一つの疑問がわきます。なぜ3大トレイルを制覇しようとしたのか? それはパッケージ化そのものではないのだろうか?
「そこは逆にパッケージ化したかったんです。この人生で多くの時間をかけて何かを成し得たことがなかったから、自分にもわかりやすい形に仕上げたかった。それ以上に、スルーハイクという行為が楽しかったんです。ロングトレイルって誰でもできるんですよ。ただし一つだけ才能が必要だとしたら、それはずっと歩けること。僕はトレイルを歩くのがすごく楽しかったし、子どもの頃と変わらない1ヶ所から遠くへ離れることに喜びを感じられた。それから、向こうで出会えたトリプルクラウンをやっている人たちが素敵だったのも大きいです。一つのトレイルで辞める人も少なくないのですが、3つのトレイルにはそれぞれ違ったおもしろさがあって、歩くのが楽しいと感じられたなら、やっぱり全部を体験してみたくなる。僕に3大トレイルをたどった理由があるとすれば、それに尽きるかもしれません」
誰かのためではなく、自分のために歩く。すべては心の求めるままに?
「かと言って、旅を終えて特に変わるものはありませんでした。そういうのは、今後何かをしたときに表に出てくるのかもしれません。ただ、絵は確実に変わりましたね」
河戸さんはスルーハイクの先々で、記録目的で絵を描くことを日課にしました。当初は移動優先で思うように筆を握れなかったものの、3度目のトレイルに挑む頃には絵を描く時間を設けられるようになったそうです。そんな河戸さんの行動からつけられたトレイルネームが“SKETCH”(スケッチ)。彼の人柄に触れて思ったのは、トリプルクラウナーと称されるよりSKETCHと呼ばれるほうがうれしいのではないかということでした。