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2022.06.09

〜幻の熊野古道再生を目指す「奥辺路(おくへち)プロジェクト」とは〜 「トレイルランニングの半分はトレイルでできている」
トレイルランナー・中川政寿

胸まで伸ばした長髪とたっぷりと蓄えた口髭がトレードマークのコロンビアモントレイルアスリート、中川政寿さん。和歌山県の山間にある龍神村へと移住した彼は今、「幻の熊野古道」と呼ばれるトレイルの再生に力を注いでいる。「奥辺路プロジェクト」と名付けられた、彼らの活動の全貌と4月に行われたイベントの模様を紹介していく。

アウトドアアクティビティ満載の和歌山県・龍神村

中川さんが和歌山へと移住を決意したのは、今から8年前に遡る。龍神村出身の同僚を訪ねた際、登山口の目の前に建つ空き家に偶然出会ってしまったのが、ことの発端だった。

「当時は京都に住んでいたのですが、1年ほどかけて家族で龍神村のお祭りや季節のイベントに参加するうちに、徐々に移住へと気持ちが動いていきました」

決め手となったのは、子どもを育てやすそうな環境と、村の人々のウェルカム感。この村では、40年ほど前に「龍神村を芸術の村にしよう」という地域構想があり、ものづくりが好きな人たちの移住を受け入れ続けてきた歴史がある。今も、村には中川さんをはじめ、若い家族やクリエイティブな仕事につく住人が少なくないそうだ。

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▲コロンビアモントレイルアスリート、中川政寿さん

また、龍神村は和歌山県の最高峰・龍神岳があり、冬場はスノーシューが楽しめるなど、アウトドアアクティビティのフィールドとしても魅力的だった。

「自宅のすぐ裏手に豊かなブナの森が広がっていて、霧に霞む荘厳な空気の中を走れる環境が気に入っています。あたりにはビシビシとパワーを感じるような深い森や古道が多い。熊野古道が有名ですが、それ以外にも昔から使われていた山々を繋ぐトレイルが無数にあり、フィールドとしての可能性も感じています」

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幻の修験道「奥辺路」の再生

和歌山県の山中に走る巡礼路「熊野古道」は、誰もが知る存在だろう。

では、熊野古道とは1つの道を指す名称ではないことをご存知の方はどれくらいいるだろうか。実は全国に約三千社ある熊野神社の総本山・熊野三山へと続く参詣道の総称であり、世界遺産に登録された中辺路、大辺路、小辺路と3つの古道を含む複数の道を指す言葉なのだ。

かつて、龍神村にも高野山から熊野本宮大社へと至る「奥辺路」という修験道が通っていた。中川さんが所属する「龍の里づくり委員会」では、現在ではすっかり使われることがなくなってしまったこの“幻の古道”に再びスポットライトを当て、町おこしの観光資源として整備し、再生させようという活動「奥辺路プロジェクト」を行なっている。

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「4年ほど前に、村の20〜30代が一同に集まって観光資源について話し合った際に、奥辺路の存在を拾い上げてきたメンバーがいたんです。観光の1つの柱として、その古道を整備しようという話が上がり、京都でトレイル整備をしていた経験のある自分に白羽の矢が立ちました」

当初はインバウンド需要も視野に入れつつ、旅行者やハイカーを集めるような試みとしてスタートしたプロジェクトだった。しかし、奥辺路を繋げて歩こうとしてみると、山中に宿泊施設やテント場がなく、1日で歩くにはルート取りが長くなってしまう。そこで注目したのが、1日の行動距離が長く、無理なく1DAYで踏破できるトレイルランナーの存在だったそうだ。

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「自分達の遊ぶフィールドは自分達で整備する」

京都にいた頃から、中川さんはことあるごとに「自分達の遊ぶフィールドは自分達で整備する」という考えを提唱し続けてきた。

「昔から山で遊ぶ中で、台風や雪解け時期にトレイルが崩れていくのを何度も目の当たりにしていました。京都にはハイカー達が自らトレイルを整備している団体があり、僕もそこに参加して自分達のフィールドを自分達で整えられる喜びを感じた経験がありました。龍神村でも同じように、自分達が遊ばせてもらうためのフィールドは自分達で整えるコミュニティが作れれば、という思いを強く持ち始めたんです」

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7 〜幻の熊野古道再生を目指す「奥辺路(おくへち)プロジェクト」とは〜 「トレイルランニングの半分はトレイルでできている」<br/>トレイルランナー・中川政寿

日本には、昔から「道普請(みちぶしん)」という言葉がある。自分達が普段から使う道は、自分達の手で維持管理していこうという考え方である。
山登りやトレイルランニングを始めたばかりの頃は、トレイルを誰がどのように整備しているかということにまで目を向ける余裕はないだろう。中川さんも登山道整備の重要性に気がつくまで、トレイルランニングを始めてから10年もの長い月日がかかったそう。

「僕は京都の山を走っている時に、トレイルを整備している場面にたまたま出会えて、体験させてもらったのは運が良かった。僕もこの重要さを誰かに伝えていきたい。ちなみに、“道普請”という言葉に出会ったのはもっと後になってからですが、とても僕に合っている考え方だなあと思いましたね」

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道普請を観光資源にしていきたい

奥辺路プロジェクトが目指しているのは、普段の生活でトレイルを使う地元民だけでなく、龍神村へ外から遊びに訪れるハイカーやランナーも巻き込んで「道普請」を継続していく仕組み作りだ。
日本国内では、フィールドの変化を環境問題として取り上げる人はいるが、トレイル整備自体にまでアクションを起こす人は非常に少ない。さらにローカルとビジターが協力して継続的にトレイル整備を行っている団体は、ほとんど前例がないと言う。

「僕らは、トレイル整備という体験を使ったエコツーリズムを形にしようと考えています。当面はビジターが宿泊や食事をしたり、欲しくなるようなお土産を作り、地域の人との交流や繋がりを増やしていくことで、観光の基盤を作ることが目標です」

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この4月には、実際にトレイルランナーたちに足を運んでもらい、今後の観光モデルを作るための施策として1つのイベントを開催した。龍神村にとっても、これは村のトレイルを観光資源として体験してもらう初めての試みとなった。
開催期間は2日間。初日はプロジェクトのメンバーを指南役に、参加者たちはスコップや鍬を手に、トレイルの整備を体験する。夜は焚き火を囲み、地元の方々と参加者が交流を楽しみながらキャンプ泊。翌日は、前日に自分達で手を入れたトレイルを実際に走ってもらうという内容である。

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プロジェクトには個性的なメンバーが揃う

今回のイベントには、ナビゲーター役としてコロンビアモントレイルアスリートの上宮逸子さんと三浦裕一さんも参加。丸2日間を共に過ごし、ランニングクリニックを受講できるという、ファンにはたまらない豪華な特典が付いていた。

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▲コロンビアモントレイルアスリート・上宮逸子さん

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▲コロンビアモントレイルアスリート・三浦裕一さん

さらに夜の部には、中川さんと共にプロジェクトのキーパーソンとなる中尾さん、中島さんが参加し、トークショーも開催された。

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中川氏:中尾さんは自然環境の研究者であり、トレイルランナーでもある方。研究対象としても山を見ていて、走るフィールドとしてだけではない考え方を持っている方なので、参加者には道普請を体験してもらった後に、もう少し深い知識を持ち帰ってもらおうと思って声をかけさせてもらいました。

中尾氏:中川さんとは、Nadi北山主催のトレイルランニングのイベントでお会いしたのが最初です。中川さんは、もちろんランナーとして素晴らしい実績を残されている方ですが、それ以上に京都一周トレイルの整備など積極的に取り組まれていたのが印象的で、独自のスタイルを持って発信される姿や考え方に共感を覚えました。その後、龍神村に移られたこともあり、村の森林や林業、エコツーリズムに関して時折お話するなど、交流が続いています。

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中尾氏:普段は地球温暖化が森林に暮らす生き物に与える影響を研究しています。特に、温暖化により森林がどのような影響を受けるかという予測やその影響への対策に関して研究しています。温暖化は、ハイカーやトレイルランナーなど山で遊ぶ全員に関係する問題だと思うので、ぜひ関心を持っていただければとも思っています。

この日の話題は、エコツーリズムのことから龍神村ならではの植生の話、道普請についてまで多岐に及んだ。なかでも、印象的だったのは龍神村のブナについてのお話。

中川氏:日本海側のブナと太平洋側のブナは特徴が違うらしく、龍神村に残る太平洋側のブナの巨木の森はかなり希少なのだそうです。エコツーリズムには、地域の資源の特徴を吸い上げて認識して扱うことが大事なんですね。

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▲中尾勝洋さん。トレイルランニング歴20年を超えるトレイルランナー。北丹沢耐久レース、ハセツネ、信越五岳などの出場経験を持つ。初めて履いたトレイルランニングシューズは、モントレイルのレオナディバイド。

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もう1人のキーパーソンである中島さんは、テレビディレクターとしての顔も持つ龍神村の住人。隣村に残されていた文献から「奥辺路」という存在を見つけ出してきた張本人で、プロジェクトのサブリーダーを担当している。

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「熊野古道の取材を続ける中で、古い文献から奥辺路の存在を見つけてきたのが彼。今回は、奥辺路の歴史的な魅力や龍神村のあれこれについて参加者に解説してくれました」

他にも地元の山を隅々歩いて知り尽くしている人や森林インストラクター、エリアの花や鳥に明るい人などなど、プロジェクトにはバラエティー豊かなメンバーが揃っている。

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