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2021.07.21

地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR 第6回 憧れの薪ストーブ生活(3)

代表作『山と食欲と私』は累計150万部を超え、コロンビアとも数多くのコラボレーションしている漫画家・信濃川日出雄さんが家族とともに東京から北海道へ移住し、自然に囲まれたアウトドアな日々を綴る連載コラム。憧れの薪ストーブ生活が始まり、その薪の入手ルートにまつわるお話をお届け。

※この記事は、CSJ magazineで2021.2.19に掲載された「地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR No.6」の内容を再編集し、増補改訂したものです。(着用ウェア、掲載商品は取材当時のものとなりますので、一部取扱がない場合がございます。)

移住したからこそ実現した、憧れの薪ストーブ生活。

薪ストーブほど体を芯から温めてくれる暖房を他に知らない。
マッチ1本の小さな火を、炉の中で組み上げた薪の下に入れる。
頼りない棒の先にしがみつくヨチヨチ歩きのような幼い火が、細枝に燃えうつり一人で歩き始める姿を見届けたら、そっと分厚い扉を閉める。
ストーブはどんどんと空気を吸い込み、ごうごうと音を立てる。
火はたちまち大きく育ち、ストーブの重厚な本体を暖め、その熱が家と、人と、心を暖めてくれる。

0_main-1 地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR 第6回 憧れの薪ストーブ生活(3)

さて今回も薪の入手ルートのお話。

前回では3つの主なルートのうち、「土地の雑木を伐採する」「大工さんから端材をいただく」の2つについて書いた。

今回のお話は、その3つめ、
「誰か・どこかから無料でもらってくる」
ケースについて、いくつかドキドキワクワクの体験談を書いてみたい。

1-1 地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR 第6回 憧れの薪ストーブ生活(3)

知らないおじさんの車に乗る

いきなりである。

ある春の日。
庭で薪割りをしていたら、道を通りかかった軽ワゴン車の運転席から声をかけられた。

「木、いる?」

状況が飲み込めず、一瞬「?」というホゲ顔をする私。
運転席から顔をのぞかせた橋爪功似のおじさんはこう続ける。

「おたく、薪やってるんでしょ? 最近、うちの庭の木を切ったばかりなんだけど、処分に困っていて、地面に転がしたままなんだよ。もらってくれない?」

なるほど、そういうことか。

「すぐ近くだから、どんなもんか一度見に来てよ。乗って」

名俳優がそう促す。
さぁ、どうしよう。いきなり見ず知らずの車に乗って大丈夫かと瞬間的に警戒心が働くわけだが、自分など何の魅力もないただのおじさんである。向こうも名俳優に似ているだけの、どこにでもいるおじさんだ。無もなきおじさんが無もなきおじさんをさらって何の得があるのか。
そんなことを瞬間的に頭の中でグルグル考えるうちに、何よりも好奇心と「木がもらえる!」という欲望が勝ったので言われるまま車に乗り込む。実際、行ってみれば我が家から車でわずか1分。
超ご近所さんのお宅の庭先に、手ごろなサイズの木が転がっていた。

薪ストーブユーザーは、薪ストーブユーザーであることを隠せない。
家の周りに薪を積み、庭には丸太を転がし、屋根には煙突がついている。
春〜秋はせっせと庭仕事をし、薪割りをする。

その姿を、見ている人は見ているのである!

2-1 地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR 第6回 憧れの薪ストーブ生活(3)

こうした「ラッキー薪」は時折忘れた頃にやってくる。

通りかかったどこかの工務店のトラックがうちの前で停車し「この端材いる? 焚きつけに使えるしょ?」と、勝手に端材を下ろして行ってくれたり(通称「押しつけ薪」)、某飲料メーカーのセールスのおばさんが「最近、庭の木を切ったんだけど、もらってくださる?」と突然声をかけてくれたこともあった(通称「ヤク◯ト薪」)。

さらに。
「薪、譲ります」という手作りのチラシをポスティングされることもある(通称「直取引薪」)。専門の業者ではなくても、木の処分に困る人は常にいて、私たちのような薪ホイホイ人間を狙っている。

手放したい人、それを必要とする私。
ぴったりハマると、妙に嬉しい。
この地域に暮らす人々の日々の営みの輪の中に入れてもらえた、そんな優しい気持ちを抱く。

移住してきた私たちである。
ここにいることを肯定されているようで、ホッとするのである。

自分で切るならあげる

次は、知り合いを通じて「ある土地にいらない木が生えているから、自分で切るならあげる」と言われた話。

3-1 地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR 第6回 憧れの薪ストーブ生活(3)

それまで何本かチェーンソーで木を切り倒したことはあるものの、せいぜい樹高5〜6m、最大でも10mに届くかどうか、その程度の経験しかない自分である。
それ以上となると、自分には扱えない。

まずは見に行ってみようと地図を頼りに指定された場所まで行ってみた。
木を見て驚いた。いわゆる「トトロの木」的な木である。
樹高30m、幹の太さは最大で直径60センチにはなろうかという、たいへん立派な巨木が、住宅街の空き地の真ん中にポツンと立っていたのだ。

「あかーん」
見に行ってみてよかった。
もしも切り倒して薪にしたなら、数年は困らないかもしれない。立派なミズナラだ。おそらく専門の業者でもない限り、素人ではおいそれと手が出せないレベルなのだろう。だから、誰も手をつけず放置しているのだ。
そしてきっとシンボルツリーとして、地域で昔から愛されてきた木に違いない、と感じた。しかし視点を変えると、確かに、台風などもしものことを考えると恐ろしさを感じるレベルにまで大きくなりすぎている。できるだけ早く誰かに切られるのを待っている、といった印象も受けた。

実際作業をするなら、周囲には住宅もあるので、根元から一気に倒すのではなく、少しずつ枝を落としながら切ることになるのだろうが、高所作業車や重機が必要となるだろう。自分にはそんな技術はなく、そのコストもかけられない。

潔さは大事である。

キッパリと諦めて、すごすごと帰った。

友人の職場からいただくというケースもあった。
その職場では資材置き場のために雑木林の土地を購入し、土地をならすために開墾している最中だと言う。その過程で大量の丸太が出ている、このままでは処分するだけなので必要なだけあげる、と連絡をもらった。

4-1 地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR 第6回 憧れの薪ストーブ生活(3)

願ってもない機会である。
友人の職場にお邪魔するので手土産を多めに用意して、車にビニールシートを敷き詰め、お昼休み時間を狙って出発。
到着してみたら、まさに山野を切り開いてる現場。
あたり一面が丸太の山である。

全部ください!
それが素直な気持ちだったが、自分の車の積載量にも限度があるし時間も限られている。
お邪魔にならないようにと遠慮もしながら、できるだけ良さげな丸太を選び車に積み込んでいく。

友人が気を利かせてチェーンソーでほどよいサイズに切ってくれた。

5-1 地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR 第6回 憧れの薪ストーブ生活(3)

友人の勇姿を載せておく。

繰り返すが、こちらはタダでもらうだけの立場である。申し訳ないことこの上ない。
ありがたく大量の丸太をいただいて帰った。

家でストーブをつける時、こうしたエピソードを思い出しながら感謝の念とともに薪をくべる。

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