代表作『山と食欲と私』は累計150万部を超え、コロンビアとも数多くのコラボレーションしている漫画家・ 信濃川日出雄さんが家族とともに東京から北海道へ移住し、自然に囲まれたアウトドアな日々を綴る連載コラム。今回は、北海道っぽさ満載の“薪ストーブ生活”に至るまでの紆余曲折のストーリーをお届け。
※この記事は、CSJ magazineで2020.12.11に掲載された「地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR No.4」の内容を再編集し、増補改訂したものです。(着用ウェア、掲載商品は取材当時のものとなりますので、一部取扱がない場合がございます。)
薪ストーブに舵を切る宣言
この冬で7シーズン目だ。
薪ストーブで冬を越す。そんな暮らしをはじめて、いつの間にかそんなに月日が経ったのである。初めはピカピカだったうちのストーブ。少しずつ年季が感じられるようになってきた。
思えば、こうして薪ストーブを導入して暮らし始めたことが、その後の『山と食欲と私』連載スタートのきっかけの一つになっている。この話にもいずれ触れてみたい。
というわけで、北海道っぽさ満載の“薪ストーブ生活”について、色々と綴ろうと思うのだが、さてどこから書こうか。
あれこれ考えていたら書きたいことが膨大になってしまった。意外に書くことがあるのだ。
困ったときの時系列、今回は導入編として薪ストーブ生活を始めるまでをお届けしてみたい。
ここから書くのは2013年頃の話だ。東京から札幌に移住して2年ほど経った頃。
移住当初は比較的都市部の賃貸マンションを借りていた私たちだが、これから子どもが大きくなることや、自分の仕事場を兼ねた住居としての機能面を考え、引越しを考え始めた。
引き続き賃貸物件も選択肢にはあったが、それまでプロ漫画家としてそこそこ頑張ってきた自分。
今なら家を買えるぞ、というタイミングでもあった。
人生には、何かにつけて「今だ!」というタイミングというものがあるのである。
今だ、今しかない。どこか、自分自身で自分を焚きつけて追い込んでいたフシもないわけではないが、とにかく私のタイミングはその時だったのである。
賃貸、中古、リノベーション、新築、または土地。
休日ごとに車で出かけては何件も見て回り、様々なパターンを考えた。
緑の多いところがいいよね。でも、やっぱりマンションは除雪が楽でいいよね、都市部は買い物が楽でいいよね、札幌は便利だもんね。地下鉄の駅に近い方がやっぱり──。
物件めぐりを繰り返すうちに、いつの間にか視線が都市部に向かっていた。
そんなある日、ふっと我に返り、自分を見つめ直した。
「あれ? 自分は何を求めて北海道にきたんだっけ」
自然に近い暮らし、自然と関わる暮らしに憧れて北海道に来たはず。
なのに大都市・札幌の居心地の良さにどっぷりと甘えてしまっていた。利便性や合理性、仕事の面からもどうしても都市部のマンションという選択肢をいつまでも捨てきれずにいる自分。ここはもう、東京じゃないのに。
俺、マンション買うために札幌に来たわけじゃないよな?
後悔しないか? 買うんだぞ?
人生の大きな決断をするのだ。
そもそも1つの大きな決断をして、ここに移住してきたんじゃないか?
心が素直にときめくモノに、さらにもう一歩、踏み出すチャンスじゃないか?
そんなことをモヤモヤ考えるうちに、
「薪ストーブに舵を切る!」
と、突然、妻に宣言してしまった。
妻は呆気にとられて「あ、はい」みたいなリアクションだったが、
俺はもう舵を切っちゃったんだもんね、ということで開き直ってしまったので、
これで家探しの方向性が決定づけられた。
薪ストーブが使える家に住む、とにかくそれだけを先に決めたのである。
視線は街から山へ、密集から過疎へ。
そこには北海道の大自然が待っている。
全ては薪ストーブ中心に
さて。
それからまもなく土地を見つけて……契約をして……家の設計をして……施工に入って、いざ住み始めるまで、約2年の月日がかかった。
もちろんこの期間中には、本当にいろ〜んなことがあったのだが(家を建てるって大変なのね)、語り出すとキリがないので今回は薪ストーブの話だけに焦点を絞ろう。
薪ストーブを家に設置する。
安いやつじゃない、ゴツッとした鋳物のいいやつ、長く使える本格的なやつを入れるのだ。
そう決めるところまではいいが、じゃあ実際どれくらいの頻度で焚くのか、これが薪ストーブとの付き合い方で一番のポイントになる。
例えば主暖房は電気ヒーターなんかに任せ、薪ストーブはインテリアとして置いておき、たまにまるでキャンドルでも点けるように、“ちょこっと焚き火を楽しむ”程度なら、火事にならなければそれでいいし、煙突による引き込みの強さもあまり考える必要はない。冬に使う薪の量も少ないし、薪の管理にも特別に気を遣うことはない。煤もたいしてつかず、メンテナンスも楽だし、とても贅沢な付き合い方だ。
一方、もし“主暖房として冬は毎日朝晩ガンガン焚く実戦使用”なのであれば、話は全然変わってくる。
家の設計からして、煙突の配置は非常に重要、そして吹き抜けや断熱など「家全体の構造」を考慮しなければいけないし、年間を通して薪の確保を考え、ストーブや煙突をメンテナンスし、全てを絶えずサボらずに実行していく必要が生まれる。
我が家は後者のスタイルを選んだ。
その方が「ガチの薪ストーブ生活」っぽい。ぽい、というか、まさにそれだ。
面倒くさい気持ちよりも好奇心の方が先に立った。
脳が賃貸物件の合理的な間取りに侵されている
いざ、薪ストーブ中心に家作りを考えていくと、面白い発見がたくさんあった。
いかに自分の脳が賃貸物件の合理的な間取りに侵されているか。
例えば試しに、予算や制約を度外視して自由気ままに図面を引いてみる。すると、いつの間にか賃貸マンションのような図面を書いてしまっていることに気づく。
住居ってこういうもんでしょ? と、固定観念がこびりついているのだ。
アイデアスケッチだ。ラフスケッチだ。なんでも自由なのだから、丸くしたっていいし、凸凹にしたっていい。不思議な構造のカラクリ屋敷を描いたっていいのだ。
それなのに、誰に頼まれたわけでもないのにちゃっきりと合理的なサイズ感の中に収めてしまう。
あれ? どうしてだろう。
自分って、こんなに型にはまった人間だったっけ?
ちょっと悲しくなった。もっと自由な人間でいたつもりだったのに。
都会生活が長くなりすぎた、は言い訳か。
家に住む。それはただ、雨風をしのぐだけではなく、人生のヴィジョンにも通じることだ。
自分の体だけでなく、暮らしや将来までも、頼まれてもいないのに適度なサイズにスッと収めてしまうような、狭っ苦しい感覚が染み付いていたことに気づいたわけだ。
妻もまた同じで、二人で「これじゃいかん!」と声を掛け合い、目を覚ましあった。
というわけで、思い切って「ドーンと吹き抜けだ!」「段差をつけて天井高くしよう!」「ここに大きなテラスだ!」「ラピュタみたいな家にしよう!」とか、アイデアを出す時だけは、これまで自分を縛ってきた何かから、自らを解き放つようにラフスケッチを描いた。
その結果。
やっぱりなんだかんだで四角い箱状の制約の中で設計の細部をつめていくことになる。当たり前だが、どうしても土地と予算には限りがあるものなのだ(お金の問題とも言えるが)。まぁ、その時の自分にはそれで精一杯、しょうがない。折り合いというやつだ。
それでも、頑張った!
薪ストーブ導入をきっかけにして、悪あがきのように、家の構造や細部に可能な限りの工夫や小細工を凝らした(予算の範囲内で!)。家の中央に階段を置き、その吹き抜けを利用する形で薪ストーブを配置。暖気が二階まで循環する仕様にもした。
生活の場、子どものこと、仕事場。自分たちの人生のヴィジョンが豊かなものになる、納得できる楽しい家が出来上がったと思う。
設計士さんや大工さんにはわがままを聞いていただき本当に感謝である。
ちなみに、薪ストーブの導入にあたっては薪ストーブ専門の業者さんにも設計段階から相談にのってもらい、進めた。専門の人に話を聞くのはいつだって面白い。
「薪ストーブに舵を切る!」
勢いで宣言しちゃった感は否めないが、自分の殻をちょっとだけ破り、また1つ人生の扉を開けたのだ。
薪とは何か
薪ストーブとは、薪を燃やすものである。
ゴミを燃やす焼却炉ではない。薪だけを燃やすものだ。
では薪とは何か。
木なら種類はなんでもいい。それは確かにそうだが、“状態”が非常に大事だ。
湿っていてはいけない。乾いていること。
表面だけじゃない。中までカラカラに乾燥していること。
乾いている木ならなんでもいい。
つまり「乾いていない木は薪ではない」ということだ。
乾いている木=薪を、冬に使う分だけ確保する。
そのために、春から1年を通じて、準備すること。
これが薪ストーブ生活の核心と言っても過言ではないだろう。
薪を燃やすのはクライマックスだ。
薪ストーブ生活とは、そこに至るまでを含めた一年のストーリーのことである。
決して、燃やして暖まってあぁあったかい〜♡という瞬間だけが薪ストーブ生活ではないのだ。
どのようにして薪を確保していくか。
初めて斧を振って薪を割った日、
初めてチェンソーで木を倒した日、
通りかかったおじさんに「うちにいらない木あるけど?」と突然言われたり。
そして、薪ストーブで作る美味しい料理の話……。
まだまだお話がたくさんあるので、次回以降に!
つづく
おまけ。
ある日のうちのリビング。子守をしながらPCで作業しつつ、ストーブでは煮込み料理も同時進行。
薪ストーブがあると、そこに家族が集まります。
プロフィール
信濃川日出雄
漫画家。代表作は『山と食欲と私』。
2001年よりプロ漫画家デビュー。2015年から新潮社「くらげバンチ」にて連載をスタートした『山と食欲と私』が累計150万部を超え、現在も好評連載中。PR企画やグッズデザインなどにも積極的に参画、コロンビアとも多くコラボレーションしている。
Text, Photos:信濃川日出雄