代表作『山と食欲と私』は累計150万部を超え、コロンビアとも数多くのコラボレーションしている漫画家・ 信濃川日出雄さんが家族とともに東京から北海道へ移住し、自然に囲まれたアウトドアな日々を綴る連載コラム。今回は、北海道移住を決めたきっかけから、移住したての頃のエピソードまでをお届け。
※この記事は、CSJ magazineで2020.9.17に掲載された「地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR No.1」の内容を再編集し、増補改訂したものです。(着用ウェア、掲載商品は取材当時のものとなりますので、一部取扱がない場合がございます。)
いきなりヒグマ登場
いきなりである。
「近所にヒグマが出たって!」
ローカルTVでもニュースになっていた。
当時、移住してまだたったの1週間だった。
今ではすっかり聞き慣れたヒグマ出没情報も、あの頃は震え上がるほど怖かった。
場所は当時住んだ家から歩いて5分、森に隣接する道路である。
うっかり出くわしていてもおかしくない。
妻のお腹には子どもだっているのに……!
スーパーに買い物に行くことすらためらった。
とても怖かった。何か適当な棒でも持って歩こうかなと本気で考えた。
でも、正直に告白すると、ちょっとワクワクもした。
「あぁ、自然に近い土地に移住してきたんだなぁ」ということを強烈に実感した。
ここは北海道・札幌市。
ご存知の通り、日本が世界に誇る北の大都市である。ただし、都市と山が非常に近い。
これだけだと、例えば神戸だって山と隣接してるじゃないかと言われそうだが、札幌の場合は“原始林”の残る山域がすぐそこにあることが他にはない特徴だ。原始林、つまり歴史上、“手が加えられたことのない天然の森”である。伐採や植林が行われたことのないありのままの自然。こんな大自然と隣接している人口190万を超える大都市は、世界的にも珍しいと聞く。さらに冬になれば1mを超える雪が積もる豪雪地帯でもある。
私たち家族は東京から、そんな札幌の山の中に、のこのこと移住してきたのである。
都市の利便性と、大自然のいいとこどりをしようと思ったのだ。
東京にしがみつく理屈よりも、心が素直に喜ぶ方を選んだ
ここで少し、自己紹介を兼ねて昔話を。
私の東京での戦いは10年で幕を閉じた。
20代。
漫画家という人気商売に群がる、どこにでもいる若者の1人であった。
出版社に通い、飲みたくない酒を飲み、ライバルを蹴落とすような残酷な席取りゲームの世界に身を投じ、高い家賃のために原稿を描いた。
食うだけなら食えたが、食うためだけに費やされていく毎日が切なかった。
人混み、臭い空気、うるさい街。必死に身構えて、そこにいるだけで消耗した。
10年戦って、ヘトヘトに疲れ果てた。
33歳になっていた。
妻の郷里である北海道への移住を考えたのはこの時だ。
2011年、東京にしがみつく理屈よりも、心が素直に喜ぶ方を選んだ。
それから────。
2020年。今年で移住から丸9年。
40代となり、子がもう1人増えた。さらに南区の山の方に土地を買って、家まで建てた。
家族4人、元気いっぱいに暮らしている。
東京にいた時と変わらず、今も漫画家のままでいられるのは幸運だ。感謝しなければならない。おまけに、ここだけの話<東京にいた時より売れている>。 どうしてだろう……!?
ちなみに、本業の漫画はと言えば、現在描いているのは山とごはんを題材にした作品。
取材と称して、登山装備を背負い日本中を旅しては山に登り、家に帰ってきて、物語に組み立てて原稿に描きまくる。
東京の編集者氏にネットでデータを送り、ネタを補充したくなったら気ままに旅に出る。定期的に単行本を出して、PR企画やアイテム制作など、読者さんに喜んでいただくためにできることはなんでもやる。それが日々の生業である。
また一方、家では畑仕事やDIYをするのが日常だ。ホームセンターで工具や材料を買って物置を作ったり、レンガを並べたり、時にはチェーンソーで木だって倒しちゃう。
庭の木にブランコを作って子どもを遊ばせ、秋になったら落ち葉を掃いてどんぐりを拾い、冬になったら自分で割った薪でストーブを焚いて凝った料理を作ったりもする。もちろん雪かきも日常だ。
“家の仕事”も大忙し。
漫画を描いて、自然で遊んで、家のためにも働いて。
そんなことを毎日やっているのである。
楽しい。
東京埋没時代には考えられなかった、別世界での暮らしだ。
どうしてこんなにうまくいっているんだろう。
東京にいた時、どうしてあんなに苦しんでいたんだろう。
もしも移住していなかったら、今頃、東京で自分はどんな日常を送っているだろう──。
窓の外にはどこまでも広い空。
風に木や葉がサワサワと揺れ、野鳥がさえずり、心と身体が癒され喜ぶ声をいつでも聴くことができる。
自然からの恵みが、日々の暮らしの土台にある。
自分に嘘をつかない生活を、やっと手に入れた気がしている。
その冷たさが不思議とイヤではなかった
東京にいた頃から散歩が好きだったが、知らない街に移り住んだのをいいことに朝も晩も歩き回った。はじめは観光客気分だ。滑り止めの砂利や、雪道でドリフトするタクシー、スキーのジャンプ場、ススキノ交差点に、キタキツネやエゾリスも。目にするもの全てが面白かった。ヒグマ出没の時はさすがに用心したが、四季の移ろいを肌で感じながら歩くのは、今でも本当に楽しい。
移住してきたのは10月中旬、秋の終わり、冬の入り口。
初めて経験する北海道の朝は、本当に寒かった。
長袖を着て……なんてレベルではない。薄いダウンを用意するほどだ。
10月、東京ならばまだギリギリ半袖でもいける季節ではないか。
ちなみに、あまり大きな声では言えないが、夏でも、たまに寒い。
近年の異常な猛暑に苦しむ日本を思うと、涼しくて申し訳なくなるくらい、夏でも涼しい時は本当に涼しいのである。我が家の壁にも一応ついているエアコン、つけるのは実は年に1週間だけなんだよ、と言えば伝わるだろうか。
あまりに快適すぎて、東京の友達には少し内緒にしているくらいだ。
移住当時は、東京仕様にチューニングされた肌である。だらしなく開いた皮膚の穴に、北海道の寒風がキューンとしみた。
「北の大地を甘くみるなよ」と、言われている気がした。
ただ、その冷たさが不思議とイヤではなかった。
寒さというものが、この土地にとって“不自然”な存在ではなかったからだろうと思う。
思えば、ヒグマ怖い、なんて言って騒いでいたのは、本当に移住当時のこの時だけだった。
もちろん今でも出没情報があれば用心するが、出没情報なんて、それこそ毎日のようにあるのである。いちいち驚くことはなくなった。
ちなみに、生まれた時から“道産子”として育っている娘たちときたら、たくましいものである。ヒグマくらいでは驚かない。これは恐れていないわけじゃなく、正しい恐れ方を身につけていると言えようか。
小学生となった長女に朝、声をかける。
「またヒグマが出たってニュースでやってたから気をつけろよ。必ず友達と一緒に歩くんだよ!」
「ハーーイ!」
元気よく返事をして、走って出て行く。これが日常会話である。
思い切って1歩、飛び出してよかった
今回、この連載を始めるにあたり、コロンビアの担当ディレクター氏から
「アウトドアと仕事を両立できるような田舎での暮らしに憧れる人、これからやろうと考えている人の参考になるような情報を書いて欲しい」
という依頼を受けている。
なるほど、参考になる話……さて、どちらの話をしようか考えた。
移住のリアルには確かに負の側面もある。自分もこれまで多少はアレ? っと思う経験をしていないわけではない。ネットで調べれば生々しい移住失敗談だっていくらでも出てくる。だが、自分は総合的にみて移住は成功だったと思っている。うまくいっている。
失敗から教訓を学ぶことは大事だが、失敗していない人から楽しい話を聞くのだって憧れを募らせるのにいいはずだ、と考えてみるのはどうだろう。
この連載では、移住楽しいよ、と、できるだけいい話をお届けできるように針を振ってみたい。
「いいなぁ〜」
「東京から出て、自然に近い暮らしがしたいなぁ」
東京でもがいていた自分は、行動もせず夢見るだけだった。
でも今、自分は夢の中を……いや確かな現実のまま、楽しい毎日を送っている。
思い切って1歩、飛び出してよかった。
「OPEN THE DOOR」。
わざわざ英語にする必要はないのだが、タイトルっぽくなるからそうしてみた。
「玄関開けたらアウトドア」。←こっちと迷ったが、かっこいいコロンビアさんの連載だから、かっこいい方にしておこう。
最後に1つ注意事項。東京生活が性に合っている根っからの都会人とか、東京で最後まで戦い抜く覚悟をお持ちのソルジャーの皆さまには、このエッセイの購読はオススメしない、と、あらかじめ断っておく。
「このまま一生、東京に住み続けるのかなぁ……」
と、モヤモヤを胸に抱えてビルの谷間から空を見上げている、ちょっと弱気な皆さんに贈りたい。
そんな人、たーーっくさんいますよね!!
地方移住は負けじゃない。選択である。
扉を開けてみよう。新しい何かが始まるかもしれない。
もちろん、たまにはデメリットも書いていくが、ほんのスパイス程度だ。参考になれば幸いと思う。
第1回。話したいことが多くてついつい長くなってしまった。
さぁ冬が来る前に薪割りの残りを終わらせなければ……!
なんて感じで、一旦締めます。
続きはまた。お楽しみに。
プロフィール
信濃川日出雄
漫画家。代表作は『山と食欲と私』。
2001年よりプロ漫画家デビュー。2015年から新潮社「くらげバンチ」にて連載をスタートした『山と食欲と私』が累計150万部を超え、現在も好評連載中。PR企画やグッズデザインなどにも積極的に参画、コロンビアとも多くコラボレーションしている。
Text, Photos:信濃川日出雄