2021年7月に開催された『スカイランニング・ワールド・チャンピオンシップ2020』のコンバイン(複合)で見事優勝を果たした上田瑠偉さんへの単独インタビューをお届けします。コロナ禍での闘いと世界に挑戦し続ける苦悩とは。
2019年にアジア人初のスカイランナー・ワールド・シリーズ王者となった上田瑠偉さんは、2021年7月に開催された『スカイランニング・ワールド・チャンピオンシップ2020』のコンバインド(複合)で優勝。二度目の世界制覇という華々しい結果を残しながらも本人は、今季を振り返ると「経験したことのない不調に見舞われたシーズン」と語りました。世界の頂点を走り続けるアスリートが直面した、誰も知らない苦悩に迫りました。
今年は自分のやる気に対して体がついてこなかった
──まずは、7月初旬にスペインで開催された『スカイランニング・ワールド・チャンピオンシップ2020』でのコンバインド優勝、おめでとうございます。獲得したメダルは3個ですね。
VK(バーティカル・キロメーター・レース)の1位とコンバインド優勝で金メダルが2個。SKY(スカイ・レース)が3位で銅メダルです。
──VKは距離が3.3㎞、標高差は1,000m。このコースを2位と22秒差の35分6秒で優勝。2日後に行われたSKYは42㎞で2,800mの標高差。上田さんの記録は4時間10分51秒でした。改めて距離と標高差に目を向けてみると、常人に与えられる設定ではないですね。
SKY(スカイランニング)は垂直方向に重きを置きますし、20~30%の傾斜地を含むのがルールで決まっているので、おのずとそういうコース設定になります。僕らにすると標高差はメリハリと言っていいかもしれません。それに今回のコースは、VKもSKYも以前の大会で走った経験があったので特に驚きはありませんでした。
──もう一つ気になったのは、2021年に開催されながら大会名称に“2020”が記されていた点です。これはやはり?
スカイランニングの世界選手権は2年に一度行われるのですが、昨年は新型コロナウイルスの影響で延期となったことで大会名に“2020”が残ったようです。
──そうしたコロナ禍による大幅なスケジュールの変動や、それに伴う調整は大変でしたか?
スケジュールの変動が原因なのか、正確なところはつかめていませんが、特に今年は自分のやる気に対して体がついてこなかったりして、経験したことのない不調に見舞われたシーズンになったのは確かです。
──とは言え、国内戦のみだった2020年は8戦中6勝。今年も国内レースは6戦中5勝。6月からの海外戦ではスカイランニング・ワールド・シリーズ第3戦オーストリア大会で2位。そして世界選手権で金メダルですから、不調を感じるようなリザルトではありませんよね。
それでもなにかしっくりこないところがずっとあって、質の高い練習ができませんでした。そんな中でも来年のマウンテン&トレイルランニング世界選手権の代表選考会を兼ねた6月5日開催『モントレイル戸隠マウンテントレイル』では優勝できて、ホッとしました。
──不調の原因、コロナ禍で海外レースに出られなくなったことと関係していませんか?
おこがましい言い方になりますが、国内戦だけではモチベーションが上がらなくなっているのは実感しています。海外の大会とは選手のレベルが違うのは事実ですし。ただ、それが今年の状態とどう関係しているかは今も不明です。むしろ怪我のほうがすっきりしますよ。原因がはっきりしているし、必ず治るのがわかっているから。
本来の僕にはすべてで優勝できる力があったはず
──そんな不安を抱えたまま2年ぶりの海外遠征に出ました。最初はオーストリアでしたね。
まずはレッドブルのアスリートパフォーマンスセンターに向かって、さまざまなセッションを受けました。中でもメンタルに関するセッションではネガティブな考えをすべて吐き出せて、気持ちを切り替えることができました。そのままオーストリアに残ってスカイランナー・ワールド・シリーズ第3戦に出場したあと、世界選手権が行われるスペインに入りました。大会2週間前という余裕を持って。1週間前には日本からトレーナーが来てくれるなど、着々と準備を整えていきましたが、現地は新型コロナウイルスへの対応の情報が錯綜していて、ぐちゃぐちゃでしたね。トップレベルのランナーが出場を見合わせたのを現地で知ったのもショックでした。周りにはモチベーションを下げる材料しか見当たらなかったというか……。
──そんな困難な状況に追い込まれても結果を残すのは、さすが上田瑠偉選手ですよ。
完璧とは言い難いですけれどね。本命だったSKYで背中が痛くなり、全力を出し切れなかったのが悔やまれます。区間によっては2019年の大会で走ったときよりタイムがよかった。それを考えれば、その日優勝した選手は僕より一枚上手だったことになりますが、得意の上りで追いつくどころか引き離されたのは精神的にきつかったです。そんな中でも日本選手団に貢献できたことや、自分の存在感がアピールできたのはよかったです。でも本来の僕には、今回のメンツ的にVK、SKY、コンバインドのすべてで優勝できる力があったはず。だから、本当は金メダル3個じゃないと納得できないんです。
──世界選手権のあとは、8月23日から開催されたフランスの『UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)』へ。上田さんは56.3kmのOCCにエントリーし、23位という結果で今シーズンを終えました。
言い訳にしたくはありませんが、スペインから帰国後の2週間の自主隔離がまた厄介でした。隔離明けで練習しても、練習するほど自信を失くすんです。自分の中での感覚と実際走ったスピードが30秒くらい違うなんて初めてでしたからね。その期間はあの東京で開催されていた国際的なスポーツイベントと重なったので、高校の先輩の大迫 傑さんの姿に勇気をもらったりしましたが、それも一時的で……。優勝候補に挙げられている期待と、実際のコンディションの落差はプレッシャー以外のなにものでもなかったです。ただ、それに負けてリタイヤするのだけは嫌だったので、途中で襲われた背中の痛みと失速に耐えながら、なんとか楽しい気持ちに切り替えようと努めました。景色を楽しむ余裕はできましたが、それでも完全には楽しむことはできませんでした。コロンビアをはじめ多くのサポートを受けながら、なんでこんな順位を走っているんだろうと情けない気持ちが込み上げてきて。今シーズンの難しさを象徴するような今季最後のレースになってしまいました。