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2022.04.28

「山で生きる」アスリート4人の北アルプス山行

実績豊富な国際山岳ガイド、スノーボーダー、クライマー、そして、気鋭の若手登山ガイド。活躍するフィールドもバックボーンも違うマウンテンハードウェアアスリート4人がチームを組んで、北アルプス・北穂高岳へ。「頂を求める者」として刺激し合った2日間の山旅になった。

原点は登山

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▲上高地をスタートし、涸沢へ。アプローチのときから4人は登山やクライミングの話題で盛り上がった。

穂高連峰の屏風のような山並みが、だんだんと夕闇に紛れていく。穂高を望む涸沢カールのテント場で、マウンテンハードウェアアスリート4人が静かに缶ビールを傾け、焼き立てのベーコンにはしを伸ばしていた。話題になるのは登山のこと、かつて取りついた岩壁のこと、スキーやスノーボードで挑んだラインのこと。
ここ穂高は4人にとって何度も通い詰めたフィールドであり、今後の挑戦の場でもある。4人はみな、第一線で活躍するアウトドアアスリートだ。ただし、主戦場はそれぞれ異なる。

「俺、初めての登山が北穂だったんだよね」
今回の登山のリーダーを務める杉坂勉が言う。国内外の難ルートに顧客を案内する経験豊富な国際山岳ガイド。大学時代、キャンプをしにやってきた涸沢から「ついで」に登った。経験も装備もなく、「無謀登山だった」と笑う。それから30年あまりがたった。
「初めての登山で、競わない世界のすばらしさを知った。純粋に心が高揚してくる。それから、『自分の命が今、自分自身の手の中にある!』という強烈な実感も。そこにはまったなぁ」
うなずく水間大輔の本業はスノーボーダー。登山ガイド資格も持ち、立山を拠点に活動する。
「いまは仕事でも山に登るけれど、景色がいいとか、自然がきれいとか、『山っていいな』と思う気持ちは変わりませんね。これが登山の根源的な部分なのかな」

長門敬明と伊藤伴にとっても、登山は「原点」だ。長門はアルパインからビッグウォールまで国内外の壁に挑み続けるクライマー。2011年には中国・ダッドメイン東壁(6,380m)に新ルートを拓き、ピオレドール・アジアの「ゴールデンブーツ」賞を受賞した。
「和気あいあい楽しむ登山は久しぶり。登山を始めた大学生のころは右も左もわからなくて、それでもただ山に来ることがうれしかった。今日も大きな荷物を背負ったワンゲル部の子たちがいたけど、思い出すよね」

伊藤も続ける。伊藤は20歳のとき当時日本人最年少でエベレストサミッターとなった登山ガイドで、クライミングにも熱心に取り組んでいる。
「クライミングも大好きだし、滑りもやりたい。でも、登山は純粋に楽しいなぁ。やっぱり、登山が一番好きです」

明日はこの4人で北穂高岳の頂を目指す。ハシゴやクサリ場が連続する岩稜帯だが、彼らにとっては難しいルートではない。それでも、4人で山を歩く高揚感を感じながら、テントへ戻った。

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▲夜の闇も、朝の日も、穂高連峰が見せる姿のひとつだ。

大展望の北穂高岳へ

早朝。モルゲンロートに染まる穂高をテントの前で眺めてから、4人は出発した。
冷たい空気に包まれながら、少しずつ高度をあげていく。色とりどりのテントで彩られた涸沢はすぐに小さくなり、穂高のスカイラインが近づいてくる。北穂高岳南陵の取りつきに掛けられた長いハシゴを登り、尾根に乗った。
尾根上の風は冷たかった。ベースレイヤーだけで登っていた杉坂・水間もフリースに袖を通す。目の前には穂高の稜線の大展望があった。

「あの谷、登れますかね」
つぶやくように言う伊藤に、長門が答える。
「昔、登ったよ」
水間の目線はスノーボーダーだ。
「あそこ、いい雪付きそう。滑ってみたいなぁ」
そんな3人を杉坂は柔らかいまなざしで見つめている。杉坂はいま、53歳。がむしゃらに登り続けた時期を経て、若い世代に対する責任も感じるようになった。

「曲がりなりにも30年登山を続けて、国際山岳ガイドという資格もいただいた。若いクライマーやガイドの後輩を前にしていると、山と誠実に向き合う責任を感じるな。それと、若いアスリートのエネルギーはものすごく刺激になる。こうして話しているともう1回何かやってみたくなるというか」

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▲涸沢をあとに、少しずつ高度を上げていく。南陵とりつきにかかる長いハシゴを登ると待っているのは大展望だ。

それから1時間と少しかけてたどり着いた山頂は快晴だった。

「久しぶりに来たなぁ」
伊藤が言う。杉坂は水筒の水を一口、口に含んだ。長門、水間もゆっくりと景色を見ている。目の前には群青色の抜けるような空と雲、そして荒々しく美しい穂高の山々。反対側には大きく切れ落ちて槍ヶ岳まで伸びる稜線がある。一般登山道最難関とされる「大キレット」だ。

「こういう機会、なかなかないですよね。ありがたい時間だなぁ」
水間が言うと、長門も続けた。
「ゆっくり歩いて、ゆっくり景色を見て歩くと、今まで見えていなかったもの、見ていなかったものも見えてくる。やっぱり、こういう時間を定期的に持てるといいね」

初登山がここ北穂高岳だったという杉坂も、30年前に感じた心の高まりは今も変わらないという。
「ただ苦しいだけ、辛いだけじゃなくて、身体を動かすこと、登ることで心が高揚してくる。これからも、ごくごく自然体で山と向き合って、調和して、登っていきたいな」

メンバー最年少の伊藤にも刺激的な登山だった。登山ガイド資格を持つ伊藤は、山岳ガイド、さらに国際山岳ガイドを目指す。そして、ハードなクライミングにも取り組んでいる。
「ガイドの大先輩・杉坂さんからはちょっとしたギアの使い方とか声のかけ方、ものすごく貴重な話を聞けたし、長門さんと話すと自分のクライミングはまだ甘いなと痛感します。滑りは練習中だから、水間さんの話しからは純粋な驚きも大きい。刺激的な登山でしたね」

Summit Seeker──。
4人はみな、「頂を求める者」だ。その頂はそれぞれ違う。だが、アウトドアアスリートとしての「核」でしっかりとつながった1泊2日だった。

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▲4人にとって、山を歩く喜びを改めて感じ、Summit Seekerとしての「核」でしっかりとつながった登山になった。

■Interview movieはこちら

4人にとっての登山とは。山の魅力、登るということ、仲間と歩く楽しさ──。
アスリート4人が思いの内を語った。

杉坂勉(すぎさか・つとむ)/国際山岳ガイド

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1968年生まれ。国際山岳ガイド。夏季は主に穂高岳や剱岳のバリエーションルートを、冬季は八ヶ岳を中心にアイスクライミングや雪稜登攀のガイドを行う。クライミングやバックカントリースキーの講習も担うなど、マルチに活躍。

長門敬明(ながと・たかあき)/クライマー

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1979年生まれ。クライマーとしてアルパインからビッグウォールまで幅広く活躍する。2011年、中国・ダッドメイン(6,380m)に東壁の新ルートから登頂、17年にはカラコルム山脈のK7(6,615m)南西稜を初登攀した。

水間大輔(みずま・だいすけ)/スノーボーダー・登山ガイド

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1978年生まれ。スノーボードのハーフパイプやビッグエアで活躍し、27歳でプロ資格を得る。その後バックカントリーに転向し、現在は立山をベースに活動。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージII、スキーガイドステージI。

伊藤伴(いとう・ばん)/登山ガイド

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1995年生まれ。2016年、当時日本人最年少でエベレスト登頂。世界4位のローツェにも継続登頂する。現在はコロンビアスポーツウェアジャパンのスタッフとして働きながらガイド業を行う。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージII。

Text:川口穣
Photos:小暮哲也