高校教員の柳楽さんは、趣味で写真家としても活動しています。北海道の道東を舞台に、野生動物を中心に休日だけでなく出勤前の早朝や退勤後も撮影に出かけるほど写真撮影に没頭しているんだそうです。今回は柳楽さんが北海道へ移住したきっかけや、写真の魅力について聞きました。
人生が、ガラッと変わりました
──はじめに、北海道へと移住したきっかけについて教えてください。
私が大学生の時に屋久島へ行った際、日本を1周したという旅人2人に偶然出会いました。全国各地を巡ってきたその2人が「北海道の道東地域で見た夕焼けや朝焼けには遮るものがなくて、自然をダイレクトに感じることができる」と言っていたんです。その話を聞いて、北海道にいってみたいな、住んでみたいなと思ったのがきっかけです。その土地に住んでみないと四季折々の自然の恩恵を体験できないと思い、移住を決心しました。
──実際に移住してみて、どのような変化がありましたか。
2017年に高校教員として北海道の道東に移住してきましたが、人生がガラッと変わりました。移住するまでは人間社会を中心に生きていましたが、山だったり川だったり海だったり、北海道はそういった自然の恵みやありがたさを身近に感じられます。酪農や農作物、海産物がとても美味しく、一次産業で作られたものを享受する機会がこれまでよりも増えたんです。「自然に生かされているんだなぁ」と、畏敬の念を感じるようにもなりました。
野生のエゾシカを綺麗に、かっこよく撮りたい!
──本格的に写真を撮りはじめたきっかけは、野生のエゾシカとの出会いだったんですね。
はい。写真は北海道に移住してから一気にのめり込んでいきました。野生のエゾシカに出会った時に、「この光景をカメラで写真に収めたい!綺麗に、かっこよく撮りたい!」と直感的に思ったんです。道東地域のネイチャーガイドさんにエゾシカの生体について話を聞いたときも興味が湧いて、そこから写真に没頭し始めました。
──仕事をしながらの撮影になると思いますが、どれくらいの頻度で出かけているんでしょうか。
休日だけでなく、仕事がある日でも条件が良さそうであれば撮影に出かけています。夜中に起きて出発し、日の出の時間に撮影したり、時期によっては退勤後にすぐ車を走らせ、夕暮れどきに撮影したり、気が付けば1週間毎日撮影していることもあります。移動手段として欠かせない車は、いつでもどこでも寝られるように車中泊仕様にしています。シャッターチャンスを逃さないためにもカメラは常に持ち歩いていて、釧路で飲みに出かけた際に、街中に現れたキタキツネを撮影したこともありました。
──柳楽さんにとって写真とは、どんな存在でしょうか。
私にとって写真は、新しい出会いや美味しいものを知るための手段でもあります。私自身、インドア派で外に出るタイプではなかったんですが、気が付けば写真やカメラが自分を外に連れ出してくれ、さまざまな繋がりを生み出してくれるようになりました。もちろん撮影に出かけたとしても、動物に出会うことができず、1枚も撮影できないという日もありますが、心が浄化されるんです。例えば潮の満ち引きや、月の満ち欠け、星の見え方や景色が大きく移り変わるのを見ていると、地球上に生きていることを実感できます。
教員の仕事は今後も続けたい
──写真を通して伝えたいことは何でしょうか。
あくまでも教員という仕事は続けながら、趣味として写真を撮り続けたいと思っています。地元で暮らす子どもたちや地元の人たちに、自分が生まれた地域のことを好きになってもらいたいんです。もし写真家として有名になったとしても、地元の人たちが興味を持ってくれるとは限りません。
生徒が卒業し、この土地を離れてどこかで働いたり、学んだりしている時に、地元を思い出す風景が私の撮った写真だったら嬉しいなと思います。なので、自分の写真をSNSに投稿したり、地元で写真展を開いたり、地元のカフェや温泉宿泊施設などに積極的に声をかけて私の写真を展示してもらうなどして、この地域に住んでいるできるだけ多くの人の目に触れる機会を作っています。
「地元に愛着がない…」とか、「あまり好きじゃなかった…」と思っている人たちに「自分の地元にはこんな綺麗な景色があるんだ」と知ってもらう。そんな新しい発見や気づきのきっかけをつくることが写真を撮影する原動力です。実際に、私の写真を見てくれている生徒たちも、最初は「この地域は何もなくてつまんない」とか「嫌な場所だ」と言っていましたが、だんだんと「撮影をするならあそこおすすめだよ」とか「あそこにエゾシカがいたよ」と教えてくれるようになったんです。少しずつ私の活動や写真に愛着を持ち始めてくれていると感じる場面が増えてきました。
人間社会と、自然との距離感の近さが北海道の魅力なんです
──エゾシカの魅力についてお聞かせください。
エゾシカは私にとってはどこにでもいて、誰にでも撮れるからこそ、誰にでも撮れないような写真を撮りたいと思える存在です。北海道民にとっては身近な存在で、「エゾシカなんてどこにでもいるじゃん」とか「誰でも撮れるじゃん」と、決して人気がある生き物ではないですが、被写体としてただエゾシカだけを撮影するのではなく、彼らの生きている背景や自然風景も交えながら撮影しています。北海道の美しい自然風景と一緒に撮影できるところが魅力です。当たり前ですが、人間の言うことは何も聞いてくれません。撮りたい構図があっても誘導できるわけではないので、全てが偶然で起きることです。だからこそ、思いもよらない光景に出合うことができるので、いつもワクワクしながら撮影をしています。
──人生のベストショットは。
野付半島で撮った、2頭のエゾシカが喧嘩してぶつかり合っている写真です。学校の部活のお手伝いで野付半島に行ったんですが、その帰り道に偶然撮れた1枚なんです。真っ白な雪原を背景に撮影したんですが、シャッターを押したときの「カシャ」っていう音が長く感じるくらい余韻があって、気持ちよかったです。心が落ち着かず、「写真のデータを失いたくない。家に帰るまで事故を起こさず、絶対に生きて帰りたい」と思いました。
教員をやっていなかったら撮れなかったですし、そもそも北海道に移住してなかったら撮れなかったので、感慨深い1枚です。
──エゾシカ以外にも、印象に残る写真があると伺いました。
はい。この街の象徴である赤い橋を背景に、キタキツネを撮影した時の作品がさらに写真にのめり込んでいくきっかけとなりました。綺麗な大自然を背景にキタキツネを撮ったわけではなく、あえて人工物である赤い橋を背景に撮影したところ、その写真が評価されたんです。その時に「自然だけでなく街と人との近さを表現しても良いんだ」と実感しました。一般的に北海道を撮影の舞台にするのであれば、人工物が何もない大自然の中で撮影するイメージが強いと思いますが、野生動物が人間の日常に溶け込んでいる。実際に住んでみると、近所の公園にリスやキツネがいたり、エゾシカが学校の敷地に出てきたりします。人間社会と自然との距離感の近さが北海道の魅力でもあると思っています。
私にとってアウトドアは、あって当たり前の存在です
──最後に、今後の展望を教えてください。
先ほども触れましたが、この先も教員を続けながら写真を撮り続けていきたいです。アウトドアは、正直好きか嫌いかで言ったらそこまで好きではありません。ただ写真を撮ることや、それにまつわることが好きすぎて、気づいたらもう好きとかではなく、外に出るのが当たり前、あって当然のような存在になっています。道東での写真展は継続したいですし、写真集も出したいと思っています。私のSNSは生徒も見てくれていますが、私がどれだけ「この場所、最高だよ」と言っても生徒たちにとっては「いいね数」の方が気になるみたいなので、もっと撮影スポットに興味を持ってもらえるように頑張っていきたいです(笑)
PROFILE
高校教員・写真家/柳楽航平
1994年、島根県隠岐の島生まれ。北海道で高校教員として働きながら出勤前や休日に写真撮影をしている。屋久島で二人の旅人から「道東が日本で一番面白かった」という話を聞き、2017年に大学卒業と同時に北海道の教員として採用され、移住。「生徒や地域の人に自分の住む地域を好きになってほしい」という気持ちを原動力に道東で撮影を行なっている。
Text:Jodo Natsuki,Nobuo Yoshioka
Photos:Hiroto Mizazaki,Hisato Michigami