登山道入口ゲートの設営および通行料徴収の導入などで注目を集めた2024年の富士山山開き。新たなルールはなぜ必要だったのか? コロンビアのウェアやギアを身に着け、富士山登山ガイドとして活躍するマウントフジトレイルクラブ代表理事の太田安彦さんに、規制に至る経緯と今後の期待、そして登山ガイドに対する深い思いをたずねました。
悲しい記憶が宿るケースをなくしたい
2024年7月1日の山開きに合わせて導入された富士山登山の新ルール。もっとも大きな変化を示した、山梨県吉田ルートの概要を紹介します(静岡県の須走ルート、御殿場ルート、富士宮ルートについては『富士登山オフィシャルサイト』をご参照ください)。
– 五合目の登山道入口にゲートを新設。午後4時から翌日午前3時まで登下山道を閉鎖し、山小屋の宿泊予約がある人などを除き通行不可を実行。
– 登山者が1日当たり4千人を超える場合も登下山道を閉鎖(山小屋の宿泊予約がある方は通行可能)。
– 登下山道の使用料として、ゲート通過者は1人/1回につき事前決済で2,000円を負担(以前から実施されている任意の富士山保全協力金1,000円と合わせると最大3,000円の負担)
これらの新たなルールの導入は、頂上でのご来光を眺めるため夜間の踏破を辞さない弾丸登山の抑止や、登山渋滞が引き起こす様々な危険の回避を目的にしています。
「県の協議会などを含む、多くの人々による議論と検証によって、料金負担や時間制限は規制の王道と判断されたようです」
吉田口登山道のガイドを行うため、2016年8月設立のヨシダトレイルクラブを前身とするのがマウントフジトレイルクラブ。現在は富士山全域に活動の幅を広げている同団体の代表理事を務めているのが太田安彦さんです。富士山登頂回数600回超えのベテランガイドだけに、新ルール導入には様々な思いが交錯するようです。
「ですが今回の規制は、策定に関わった方々にとっても苦肉の策だったのではないでしょうか。それに、これがすべてを解決できる必殺技と考えている人も少ないはずです。大事なのはアップデート。今年の取り組みには様々な課題が出てきますから、それを来年にどう生かすかが大事。現場からのフィードバックをすることが僕らの役割になると思います。その繰り返しの中で、富士山登山で然るべきマナーが確立され、安全な登山ができる環境に変わったなら、規制自体も必要なくなるのかなと、個人的には考えています」
然るべきマナーの確立とは、どういうことなのでしょうか。
「この規制でもっとも期待しているのは、弾丸登山の抑制です。ここに至るまでには、山梨県と協業した富士登山適正化指導員制度など、いくつかの安全対策事業がありました。適正化指導員は、山中パトロールで登山者に声掛けを行い、ルールやマナーの啓発に努める存在です。しかし、適正化指導員やガイド、山小屋関係者の啓発だけでは安全を守り切れなくなりました」
富士山の登山者は以前から増加傾向にあったものの、太田さんが特に異変を感じたのは、富士山が世界文化遺産に登録された2013年前後だったそうです。
「一種のお祭り気分で登る人が目立つようになり、準備が万全ではない登山者が増え、登山道にシュラフで仮眠するような弾丸登山が頻発し、9合目で連日大渋滞が起こるようになりました。怒号が飛び交うんです。登山道を外れた人が落石を起こしたりして、ガイドもコントロールできない状態に追い込まれていきました」
そんなルールやマナーを逸脱する者に、根気強く安全と保全を訴え続けるのが太田さんたちの仕事です。しかし誰もが素直に聞き入れてくれないのではないかと尋ねたら、こんな答えが返ってきました。
「富士山の素晴らしさを存分に味わってもらえないのが残念なんです。何よりも、ルール無視や準備不足は重大な事故につながってしまうんですね。毎年亡くなる方が出ます。僕も何度か嵐の中の怪我人搬送や、心臓マッサージを施す場面に遭遇しました。悲痛な現場です。僕はガイドとして、美しさの象徴である富士山に悲しい記憶が宿るケースをなくしたい。今回の規制が、それを叶えるための大きな一歩になってくれればと……」
ガイドする相手が変わるたび新しいドラマが生まれる
太田さんはいかにして富士山の登山ガイドになったのか。その経緯は、富士吉田市出身というプロフィールからは意外に感じるものでした。
「“地元あるある”なんですよ。山麓に住む者の多くは、富士山がずっと近くにあるから登る対象として見ていないんです。僕が富士山を特別な存在と認識したのは、県外に就職したときでした。出身地の話題になると、『あんなに美しい山を見ながら育ったなんて』と皆さんがおっしゃってくれて。それで地元に帰った22歳のとき、10人ほどの友人たちと初めて富士山に登りました。初回は、友人の一人のスケジュール都合で8合目までだったんですけれど、それでも感動しました。地元が眼下に見えながら、非現実的な空気感を味わえて、それからは毎年友人を誘って出かけました」
その時点では、登山全般に興味があったわけではなかったそうです。
「3年目くらいになると、さすがにいっしょに登ってくれる仲間が減っていきました。けれど、最後まで付き合ってくれた友人がこう言ってくれたんです。そんなに登山が好きなら、ガイドを探している父親に紹介すると。それをきっかけに南アルプスや戸隠に行き、山の魅力に取りつかれてガイドになりました。富士山専門になったのは、そこにガイドの仕事があったから。性に合っていたのかもしれません。何度登っても達成感を覚えらえるのは、ガイドする相手が変わるたび新しいドラマが生まれるからです」
ガイドを始めたのは25歳のとき。それから9年後、ガイド一筋と決めた34歳で、前述の通り富士登山ガイドの有志で結成したヨシダトレイルクラブを立ち上げます。当初からガイドだけに留まらず、環境保全や安全対策を重視する団体としたのは、新たなアウトドア体験がきっかけになりました。
「32歳で初めて海外のトレイルを歩いたんですね。カナダから入り、10万円で買ったクルマでアメリカを南下する2カ月間の旅でした。シエラネバダ山脈を南北に貫くジョン・ミューア・トレイルを始め、訪れた国立公園はどこも人生観を変えてくれるようなロケーションでした。特に印象深かったのは、公園の姿勢です。トレイルに入るための教育がしっかりしていて、レンジャーたちのサポートも手厚い。そうした仕組みが出来上がっているのは、環境保全の観点を越えて、自然に対する畏怖の念があるからだと感じたんです。富士山も元々は信仰の対象でしたから、アメリカで体験したことを富士山でも生かせたらと思うようになりました」
太田さんが32歳だったこの年は、これまで以上に日本一の山が注目されるようになった、富士山が世界文化遺産に登録された翌年とリンクします。
富士登山をきっかけに山や自然を愛してくれたら
「こんな本が出たんですよ」と紹介してくれたのは、太田さんが所属するマウントフジトレイルクラブが監修した『はじめての富士山登頂 正しく登る準備&体づくり 徹底サポートBOOK』。メイツ出版から2024年1月に発行されたのは、新たなルールへの対応喚起も目的の内だったのでしょう。
「登山で重要なのは事前の準備。特に正しい情報収集は欠かせません。あれこれ調べていれば、自ずと自分に足りないものが見えてきますから」
富士山登山に関してよく聞かれるのは、体力の程度だそうです。
「登山に体力は必要かと問われたら、もっとも大事なもののひとつと言っていいでしょう。しかし、普段から運動していないとダメかというと、それでも登れる人が少なからずいるのは事実です。ただし紙一重。登頂できても下山まで体力を残せず、ボロボロになる人も少なくありません。肉体疲労に注意散漫が重なりやすい下山では、脚の骨折や捻挫による搬送も多く発生しています。コロナ禍以降は外国人観光客も大勢訪れていますが、体の大きい外国人男性を背負って降りるのはかなり大変なんです。しかも救急搬送には費用が掛かります。時間もお金もロスした上に、二度と富士山には行きたくない気分になるのは、やはり残念で悲しい体験となってしまいますよね」
体力と並行して、平地は夏でも冬場に相当する各種登山装備の用意も大事だと太田さんは言います。装備の話が出たところで、普段着用しているコロンビアの使い心地を聞いてみました。
「コロンビアが好ましいのは、ほとんどのアイテムを網羅しているところです。お気に入りのブランドで統一したい人にはありがたい構成だと思います。僕が使っている中で特に素晴らしいのは、マウンテンズアーコーリングⅡパンツですね。シュッとしたシルエットもストレッチの利き方も最高で、特に強度の高さが秀逸です。溶岩の上に座ったり膝をついたりすることが多いんですが、それでも破れない」
もうひとつピックアップしたのは、ワイルドウッドEXP 50L+10L バックパックでした。
「僕は怪我人を搬送する際、ザックを利用します。中身をすべて出して、ショルダーベルトの下部にストックを渡し、救護者の足をかける場所をつくって背負います。だからショルダーベルトの付け根の縫製強度は極めて重要なのですが、このバックパックは安心して使えます」
その他、富士山登山にも最適なコロンビアの登山アイテムはこちらをチェックしてみてください。
太田さんと話したのは、新規制を伴った山開きが行われてから3日後。効果を測るにはあまりに日が浅いタイミングでしたが、現場指導員からの報告によると、無理な登山者が減ったように感じるとのことでした。
「毎年、海の日や山の日に登山者が増えるので、今はそこを越えてみないと何とも言えません。ですが、期待するのは弾丸登山の抑制と、誰もがストレスなく安全に登山道を歩けることです。また、通行料2,000円の予約システムも支障なく利用してもらえるかも注視するポイントです。いずれにしても、条例によって権限を与えられた安全管理がどのように機能していくか、情報公開を含めて多くの方の理解を得られるよう努めていきます」
最後に、太田さんにとっての富士山の魅力を聞いてみました。
「ガイドとして言うなら、やはり人との出会いが離れ難い魅力ですね。僕の仕事は、富士山での体験が一生の思い出になるよう安全に案内することと、富士山の魅力をお伝えすることです。そして富士登山をきっかけに山や自然を愛してくれたら、とてもうれしく思います」
オーバーツーリズムとも関連する富士山登山は、一種の社会問題として耳目を集め、太田さんも取材対応に追われているようです。おそらく太田さんは、どんなときでも富士登山の将来を見据えたブレることのない説明を続けるのでしょう。そんな真摯さがうかがえたインタビューの、率直な感想を記しておきます。
時に厳しい状況をつくり出すのが人であっても、太田さんは最後まで人と出会える感謝を語りました。それがガイドの素養だとしたら、持って生まれた感性を生かして働く太田さんにとって、ガイドの仕事は天職と言えるのかもしれません。
Text:田村十七男
Photo:後藤薫