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2024.08.21

美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

ロックバンド「THE BOOM」の元ヴォーカルでシンガーソングライターの宮沢和史さんは、これまでに数々のヒット曲を世の中に生み出してきました。そんな宮沢さんは山梨県・甲府市の出身で、幼いころから川で楽しんできた釣りが、その「感受性」を高めてきたと言います。今もなお没頭しているフライフィッシングやアウトドアが、人生にどう関わっているのかを聞いてみました。

1-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

少年時代、友だちに誘われて行った釣りが原体験

──宮沢さんは無類の釣り好きと伺っておりますが、釣りのスタイルとしては最初からフライフィッシングだったんでしょうか。

いろんなスタイルの釣りを楽しんできました。淡水魚は鮎以外、大体やりましたね。ルアーで雷魚釣りやブラックバスの釣りもやってたんですけど、音楽でプロになって少し行き詰まっていた時に、事務所にも相談して休みをもらって、1週間くらい釣りに出かけたことがあったんです。

そのときに、とあるエリアで何をしても釣れちゃうようなポイントがあったんですけど、だんだん自分がおかしくなってきちゃって、釣った魚をみると血が出てたり怪我をしているのにも関わらず、そのままリリースしてしまっていたことがあって。そのときに、ふと我に返って、「おれ、何やってるんだろう。なんかかっこ悪いな」と思って、それからは基本的にフライフィッシングだけにしましたね。

2-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

もちろんフライフィッシングが1番良いとかそういう意味ではないんですけど、フライフィッシングってどうしてもラインを少しずつ前後に伸ばしながらキャスティングするので、自分の背後にスペースが必要だったり、強い風が吹くとすぐにフライ(擬似餌)が絡まってしまったりするので、釣り人の方が魚よりも不利な状態か、五分五分な感じがするんですよね。自分にはそのスタイルの方が向いていると思いました。

3-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

──そもそも、宮沢さんが釣りを始めるようになったきっかけについて教えてください。

実は小さいころは体が弱くて、成長が遅かったり、予防接種のアレルギー反応で死にかけたこともあったんです。なので、当時は友達も少なくて、登下校も1人で帰ったりしてたんですけど、小学校3年生くらいのときに、1人でトボトボ歩いてたら、近所の活発な男の子が「一緒に帰ろう」と言ってくれて、それがすごい嬉しくて。その彼は釣りをしてたんですね。

そしたらその彼が「宮沢くん、一緒に釣りに行こう」って誘ってくれて。近所の川に釣りに行ったらそれがものすごく楽しくて。自分にも友だちができたし、魚こそ釣れなかったんですけど、自然の中に初めて溶け込めたような気がしたんです。彼のおかげで僕も活発になったし、釣りをしたことによって、見える世界も広くなったし、自然と戯れることの喜びも知る原体験がきっかけとなりました。

4-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

あとは父親にも小学校の6年生ぐらいの時に、富山県の黒部方面や長野県内の渓流に連れてってもらったりして、そのときに初めて天然のヤマメやイワナを見て、感動しましたね。ウグイやオイカワといったコイ科の魚はたくさん釣ったことがあったし、きれいなんだけども、なんでこんなに過酷な山の中にこんなにきれいな魚がいるんだろうっていう、その美しさに魅了されました。

ヤマメやイワナのあの美しさに再会したい

5-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

──釣り場にも同行させてもらいましたが、ものすごい集中していたように感じました。どんなことを感じたり、考えながら釣りをしているんでしょうか。

今回一緒に行った川は、以前にも釣りをしたことがある川なので、前にきた時はこうだったなってっていう過去の記憶をバーッと遡るんですけど、魚がいるはずのポイントなのに魚が出てこないと、つい自然のせいにしたがるんです。今日は水温が低いからだなとか。虫が飛んでないからだなとか(笑)。

でも本当はそうじゃなくて、自分自身に狂いがあるってということもわかってるんです。大抵は自分のテンポが速くて焦ってるとか、雑になってるとか、そういうことなんです。そこでいかに冷静に、自分の技術がブレないようにすり合わせをしていけるかが釣果につながってくるんですよね。フライフィッシングに限らないとは思いますけど、大体6:4位で負けてるっていうか、今日はちょっと人が多かったしなーと思ったら、その時点で魚に負けてるみたいな。

6-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

なのでおれってダメだなーとか思いながらも、これまでの経験とすり合わせて魚と対峙していくと、すごく集中力が増してくる。そういう時間って普段はそんなにないので、大事だなと思っています。

その結果、釣れなかったとしても涼しくて自然が綺麗で、季節の変化や木々の葉がきれいに色づいていく空間にいるだけで幸せなんですけど、自分が初めて見たヤマメやイワナのあの美しさに再会したいってことだけかもしれないですね。

川に戻ると感じる、不思議な感覚

7-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

──音楽活動と釣り、宮沢さんの人生にはどのように影響していますか。

音楽ってある種職業なので、釣りはそこから離れられる瞬間とも言えるし、美しい景観や魚をみることによって、作品をつくる上で少なからず影響しています。僕の場合、実際に自分の目で見て、肌で美しいものを感じることによって価値観とか感受性の定義が決まってくるので、美しいものに触れることで僕の音楽が生まれているというのは間違いないです。

あと釣りは僕にとって大切な時間・記憶でもあります。僕の実家の横にはすぐ川があったので、釣りをしてから登校したり、学校から帰ってきたらすぐに釣りをしに行ったりしてたんです。でも大人になるにつれてそこから離れて、これまでしてきた経験をもとに世界中を回って音楽でいろんなことを伝えてきましたが、また川に戻ると不思議な感覚になるんですよね。「おれ、何してたんだろう」って。昔はここでよく釣りしてたよなとか、あそこに絶対イワナいるんだよなみたいな。

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そうすると今まで「旅」してたことがなかったかのような不思議な感覚になるんですよね。自分にとってはその感覚がとても大事で。人生って行きっぱなしだと思うから、時々自分にとって大切な場所に戻ってくることでリセットされるというか、昔この岩の上に座ったなぁとか、ここで缶コーヒー飲んだなぁっていうのを思い出すと自分のこれまでの人生がキューッと凝縮されて、「前に進まなきゃ」っていう感覚になります。

9-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

それに自然って、静かな空間に思えて実はすごく騒々しいですよね。鳥の声や風の音、そして川の音もある。でも不思議と落ち着くんです。僕らはスタジオに籠ってレコーディングしますが、スタジオは当然、無音状態になるようにすごい防音されているんですけど、落ち着かないですよ。スタジオ内で寝ようと思っても寝れないんです。静かすぎて怖くなっちゃって(笑)。

それに比べて山の中や川辺って自分以外に人や車がいなくても、意外とうるさいんですよね。でもなぜか心地よくて、落ち着きます。僕の故郷の山梨県の甲府でも、昔は田んぼだらけでカエルがすごくて。18時ごろになるとカエルが一斉にグワァーっと鳴き出すんですけど、日が暮れて完全に夜になるとピタッと止まるんです。ものすごい音でしたけど、当時はうるさいと思っていなかったし、それが普通でした。

人間っていろんなものを作ったりするけど、自然の中のその木と一緒で、自分も何十年と生きてきた木に過ぎない。そう感じることって実は人間にとって本望で一番幸せで、とても尊い気がしますね。そういった感覚を体感できるからこそ、釣りはやめられないのかもしれないです。

フライフィッシングは自己流スタイル

──フライフィッシングの楽しみ方についても教えてください。

10-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

うまい人って、見た目は決して美しくないようなキャスティングをするんですよ。川の流れの速さが手前と奥とで全然違うので、フライをナチュラルに、できるだけ長い時間流すための高度なテクニックなんですけど、あえて弛みをつくるためにリーダーとティペットの部分だけをわざとグシャグシャっとして水面に落とすんです。初心者からすると、え、こんなんでいいの?っていう感じなのにどんどん釣れる。

11-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

でも僕のフライフィッシングは完全に自己流ですね。教わったものでもないし、決してうまくはないんです。ある程度は腕も磨きましたけど、これ以上は良いかなっていう。100匹、200匹と魚をたくさん釣りたいって思ってるわけじゃないので、自然と一体化して自然の一部になれる喜びや、魚とあんなに近くまで寄れる喜びを感じられる瞬間が一日の釣りの中にあれば、それで良いんです。

納得がいく魚と出会えたら、竿をしまって、その日の釣りはもう終わりです。ただ、釣りが完全に終わるわけじゃなくて、また次の釣りがあるわけだから楽しいですよね。その日に全部満たされなくても良いんです。

──ご自身でもタイイングしていると伺いました。

タイイング(毛鉤を巻くこと)も本当に教わる人がいなくて、中学生のころに見よう見まねで巻いていたんですけど、巻くために必要な道具や、獣の毛や鳥の羽などの材料って外国製のものが多くて高価なので中学生には少し敷居が高かったですね。お金がないから、ありもので巻いてました。なので動物園に行くと下ばっかり見ちゃうんですよ。鳥の羽根落ちてないかなーなんて(笑)。

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あとタイイングって本当に奥が深くて、本質的には魚がその時、その場所で実際に捕食している虫を模したフライを流す方が有効です。水生昆虫にも、ハッチという羽化のサイクルがあって、大まかに言うと卵から幼虫、水面での羽化、成虫、産卵といった具合に変容していきます。魚もその時の状況(気分)によって、水面で羽化した瞬間の虫だけを狙って捕食することもあるんです。もし魚が水面でライズ(魚が水中から水面に顔を出したりジャンプしたりすること)していたとしても、その魚が実際に捕食している餌に近いサイズ・シルエットのフライを流さないとスルーされてしまうなんてことも多々あります。

13-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

そういった前提はあるんですが、僕の場合はそこまでこだわらず、あえて曖昧なシルエットのフライを巻いて現場に持って行っています。なので携行するフライボックスも最小限。フライフィッシャーとしてはお手本とは言えないかもしれないですけど、今日はもうこのフライで釣りたいんだっていうやり方をすることもあります。フライフィッシングといってもスタイルは本当にさまざまなので、自由な発想で楽しんでいます。

未来への思い

──自然には多くの魅力がある一方で水害や熊による被害が増えるなど、問題も出てきています。

14-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

そうなんです。最近は昔と比べると川が子どもたちにとっても身近な存在ではなくなってきてるじゃないですか。例えば川の護岸工事とかもどんどん進んで、事故があると川に近づけなくなったり。

ほかにも、熊による被害が増えてきていますよね。熊の目撃情報が例年の倍以上になってたり、犠牲者もかなり出ている。釣りをすることによって僕は自然の中の一部になれるという喜びを感じてきたんですけど、それすらも歪んできてるっていう現実がとっても怖いなと思います。

熊のせいってことではなく、そうさせているのは人間社会なのに、自然の一部にもなれないとすると、じゃあ僕たちはどこへ向かえば良いのかっていう怖さを感じながら釣りをすることが増えました。昔と同じように100%心から楽しめなくなっている自分もいて、考えさせられますし、自然に近づくために段取りが必要になるというのは、歯がゆい気がします。僕は川で感じたこととか、教えてもらったことがたくさんあるんです。感受性も含めて。

──最後に、釣りや自然環境に対する未来への思いについて教えてください。

15-1 美しさを追い求め、また川に立つ。<シンガーソングライター 宮沢和史>

釣りでいうと僕はサケ科の魚が好きなので、アメリカに生息している「カットスロートトラウト」という魚種があって、喉の部分を切ったように赤くなっているのが特徴のネイティブなんですけど、それは釣ってみたいです。あとは北海道のミヤベイワナやイトウも釣ったことがないので、会ってみたいですね。ただ、やっぱり最近になって温暖化と水害で魚も減ってきているようで、そういう夢を叶えるのも段々難しい世の中になってきています。

なので、今後我々が進むべき道、みたいなことは音楽を通して発信していかないといけないなと思っています。夢さえ持つことができないのは、悲しいじゃないですか。僕らはそれなりに人生を歩んできたけど、この先の未来を生きていく子どもたちに対して、こんなにお先がまっ暗な世の中を手渡すっていうのは罪ですからね。なんとか良くなっていくように、微力だけど音楽で少しでも変えていけたらなと思います。

PROFILE

宮沢和史

1966年⼭梨県甲府市⽣生まれのシンガーソングライター。THE BOOMのボーカリストとして1989年にデビューし、2014年に解散するまでに14枚のオリジナルアルバムをリリース。ソロ名義でも5枚、GANGA ZUMBAとしてもアルバムを2枚発表している。2015年12月にベストアルバム「MUSICK」発売後、2016年1月に歌手活動引退を発表するが、2018年から少しずつ音楽活動を再開。デビュー35周年を迎えた2024年4月にはアニバーサリーアルバム「~35~」を発表。現在沖縄県立芸術大学の非常勤講師を務める。 ⾳楽活動の傍ら、フライフィッシングにも没頭。⽇本の渓流とサケ科の魚をこよなく愛している。
https://www.miyazawa-kazufumi.jp/

Text:Nobuo Yoshioka
Photo:Matthew Jones

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