中部山岳国立公園内であり、北アルプスの南端・乗鞍岳の裾野に広がる乗鞍高原は、標高1,500mに位置し、登山やウィンタースポーツの拠点でありながら暮らしが営まれてきた場所だ。そんな乗鞍高原に魅せられ、この地で生活や仕事をしながらアウトドアライフを満喫している人々にフィーチャー。第5回は、コロンビア創業の地、アメリカ・オレゴン州の出身であり、クリエイティブな仕事から地域づくりまで幅広い活動を行っているセツ・マカリスターさんに、家族とともに過ごす乗鞍高原での日常について伺った。
乗鞍高原の大自然がクリエイティビティの源
アメリカ・オレゴン州出身のセツ・マカリスターさんは、日本とアメリカのハーフである妻のハナさん、5人の子どもたちと乗鞍高原内に建つ一軒屋で暮らしている。冬の朝、セツさんとハナさんが起きて最初にする仕事は、薪ストーブに火を入れること。そして薪ストーブで沸かしたお湯で、一杯ずつコーヒーを淹れる。
「朝はコーヒーを飲みながら、10分でもいいからハナとふたりで静かに過ごす時間を作るようにしています。子どもたちが起きてくると、バーっと忙しくなるので」
賑やかな子どもたちを学校や保育園に送り出してからが、セツさんの仕事の時間だ。セツさんは「マカリスター考務店」という会社を経営していて、組織開発などのコンサルティング事業、グラフィックデザインや写真撮影などのアート事業、コーヒーの自家焙煎事業を展開しながら、乗鞍高原の地域づくりに関する事業にも携わっている。
「ハナがメインだけど、水曜と木曜はコーヒーの焙煎や配達をしています。それ以外の曜日は、いろんなプロジェクトの打ち合わせに出かけることが多いですね。デザインの仕事に集中したいとき、子どもたちがいなくて静かな日は自宅のリビングでやりますが、子どもたちがいるときは乗鞍高原内にあるワークスポットへ出かけます。クリエイティビティを発揮するうえでも、乗鞍高原の環境は最高。外に出ていい空気を吸って、ゆっくり散歩をしながら写真を撮ればリフレッシュできますから。中部山岳国立公園のポスターを制作したときも、周りの景色をたくさん見て、写真を撮ったり、その写真素材を見ながらイラストを描いたりしました。自然からアイデアを得ることが、私のクリエイティビティの手法ですね」
ふたりがアメリカから乗鞍高原へ移り住むまでのこと
セツさんは、コロンビア創業の地であるアメリカ西海岸のオレゴン州で育った。
「私の出身地は、オレゴン州のフットリバーという人口7,000人くらいの小さな町です。ワシントン州とオレゴン州の間に流れるコロンビア川の近くにあります。マウントフッドという山が近くにあるからスキー場もあるし、マウンテンバイク、ウィンドサーフィン、カイトサーフィンを楽しめるフィールドとしても有名なところです」
山や川など大自然のすぐ近くで育ったセツさんは、10代のころからウィンドサーフィンやスノーボード、マウンテンバイクといった遊びに夢中になった。そしてアドベンチャースポーツ用品を取り扱うメーカーに就職。グラフィックデザイナーとして働き始めた。
「デザインの仕事をしながら、『机の前にずっと座って仕事をするのは、ちょっと違うかな』と考えていたんです。そんななか、2003年の夏にフッドリバーの友人がインターンシップで沖縄に滞在することになって、『セツも遊びに来れば?』と誘われて。自分探しのついでに日本へ行くことにしました」
当時、日本のことを全然知らなかったというセツさん。しかし日本に着いたら、不思議と「ここがホームになる」という思いが芽生えたそうだ。一方、後に妻となるハナさんは「自分の親戚と日本語で話したい」という夢を抱いて2002年に沖縄に移り住み、2003年夏にセツさんと出会った。セツさんが乗鞍高原に行くきっかけとなったのはアウトドアスクール「ノーススター」で働き始めたことだったが、このスクールの情報をセツさんに伝えたのはハナさんだったという。
セツさんは2005年に乗鞍高原に移住してノーススターで1年半ほど働いていたが、日本語の上達のために岐阜県岐阜市の英語教師に転職した。岐阜で暮らした2年の間に、ハナさんとの結婚や長男の誕生を経験。そんななか「やっぱり自然と触れ合いながら仕事をしたい」という思いが募り、2008年にふたたび家族と一緒に乗鞍高原へ戻ってきた。
地域に必要とされることをやり続けたら仕事が生まれた
ノーススターのスタッフとして働きながら、セツさんは乗鞍高原の地域のニーズを少しずつ見つけ出し、地域のマーケティングやプロモーションにも裏方として関わり始める。さらにはリーマンショックを経験し、生活のためにデザインの仕事も少しずつ増やしていった。こうした経緯を経て、セツさんは2016年にマカリスター考務店を設立。現在は「PEOPLE」「COFFEE」「ART」という3本柱で事業を行っている。
「コーヒーは会社を作った当初からある事業ではありません。乗鞍高原で生産して乗鞍高原で消費できるもの、この町に住んでいる人たちにとって楽しくておいしいものがもっとあった方がいいのではと思って、コーヒーに落ち着いたんです。焙煎機を買って、オーガニックかつフェアトレードの生豆が買える場所を見つけて、『Norikura Pioneer Roasters(ノリクラ パイオニア ロースターズ)』という名前の自家焙煎コーヒー豆の販売を始めました」
このコーヒーの事業に関して、セツさんは「すごく楽しい」と言う。
「近くに住んでいる人たちに私たちのおいしいコーヒーを届けるとみんな喜ぶし、そこから生まれる交流がとても好きです。冗談ではなく、仕事として一番時間かかるのが配達。なぜかというと、私もハナもみんなと立ち話をしちゃうから(笑)」
セツさんは、「松本市アルプス山岳郷」というDMOの地域づくり推進事業部長も務めている。この観光地域づくり法人が目指しているのは、観光を軸として地域全体の底上げを推進すること。
「私たちは地域づくりを『お互いに助け合うこと』と定義して活動しています。乗鞍高原は人口が少ないから、いろんな場面でお互いに助け合わないと進んでいきません。環境整備でも観光振興でも、地域全体でそれを一緒にやらないと。私自身、この地域の人々にたくさん助けられているし、私を必要とする人がいれば一生懸命助けたいという気持ちです」
乗鞍高原全体としてはいま、ゼロカーボンパークの先進地として大きく注目を集めている。サスティナビリティなどの言葉も頻繁に使われるようになってきているが、それを一過性のもので終わらせないために、セツさんは心掛けていることがある。
「“スチュワードシップ”という言葉があります。これは管理者という意味で、自分のものではなく管理を任されているものとして自然を捉える考え方です。自然も、自分も、自分の子どもも神様が与えてくれたもので、自分のものだとは思っていません。だから私たちは尊敬し合うべきだし、大事にしていかなければならない。そういうマインドを増やしていきたいですね」
乗鞍高原へ移り住み、地域の自然や人々に愛情をもち、必要とされることに応えながら日常生活を営んでいるマカリスター一家。その暮らしぶりこそが、乗鞍高原そのものの魅力を表している。
PROFILE
Seth Mcallister(セツ マカリスター)
アメリカ・オレゴン州フットリバー出身。株式会社マカリスター考務店代表。一般社団法人松本市アルプス山岳郷の地域づくり推進事業部長。Columbia アンバサダー。グラフィックデザインや写真撮影などのアート事業、企業や組織向けのコンサルティング業、自家焙煎コーヒー豆「Norikura Pioneer Roasters」の販売、地域づくり事業など、妻のハナさんとともに幅広く事業を展開。
HP:https://mcallisteridealab.com/ja/
Instagram:@sethmcallister
Text:松元 麻希
Photos:衛藤 智