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2021.09.13

エベレストサミッター・伊藤伴が行く。山小屋1泊ハイク in 甲武信ヶ岳

2016年、当時日本人最年少でエベレスト山頂に立った伊藤伴(いとう ばん)さん。登山ガイド資格も取得し、1年を通して山のアクティビティに没頭する彼が、1泊2日で奥秩父へ。日々取り組むストイックな山行とはまた違う、山小屋泊登山の魅力とは。

薄緑の苔で覆われた岩や倒木に静かな日差しがこぼれ落ち、優しいコントラストを作り出していた。苔むした森の先には、細い沢筋が流れている。

「やっぱり、登山が一番好きだなぁ」

伊藤伴(いとう ばん)さんが、汗をぬぐいながら楽しそうにつぶやいた。伊藤さんは2016年、当時日本人最年少でエベレストサミッターとなり、その後登山ガイド資格も取得。今では、夏はクライミング、冬は山スキーやアルパインクライミングなど、1年を通じてあらゆる山の活動に没頭している。

「季節に合わせていろんなアクティビティを楽しみたいけれど、やっぱり原点はゆっくり山を満喫できる登山なんです。こうして山を歩くと、そんな喜びを思い出します」

奥秩父、標高2,475mの甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)を1泊2日で登る山小屋泊登山に出かける伊藤さんに同行した。

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▲森のなかを1歩1歩かみしめるように歩く。苔や倒木など足元の自然が好きだという。

秋にこそ輝く中級山岳

伊藤さんが選んだルートは千曲川(ちくまがわ)水源歩道。全長367km、流域面積1,900㎢を誇る大河・千曲川(信濃川)の最初の1滴が流れ出す源流域だ。涼し気な沢の音に癒されながらゆっくりと標高をあげていく。

(伊藤さん)「この細い沢が日本一の大河になって海まで流れていく。そんなことを想像するだけで不思議だし、楽しいですよね」

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▲大河・千曲川の源流を目指す。源流点が近づくにつれ、沢筋は細くなっていく。

甲武信ヶ岳は山頂直下こそ岩が露出したガレ場(岩屑がガラガラと積み重なった場所)だが、ルート中のほとんどは深い樹林の中を行く。一般に、北アルプスなどの高山と標高の低い低山の間に位置する“中級山岳”と呼ばれる山だ。伊藤さんは、中級山岳は春や秋にこそ楽しめるという。

「高温多湿な日本の夏は、快適に登れる山が高山などに限られます。低山や中級山岳に登るなら、気候が落ち着いた春や初夏、秋がおすすめ。夏の北アルプスなどと比べると人も少なくて、静かな山歩きが楽しめます」

千曲川の源流点を示す水源地標を過ぎると道は一気に急登となった。そこから30分ほどで稜線に出る。樹林帯を抜け、ガレ場の山頂へ。あいにくの曇り、ガスに包まれ展望はない。それでも、伊藤さんの顔は晴れやかだった。

「こうしてゆっくり山を歩いて来ることができて楽しかった。それに……」

今日の天気なら、じきに景色がのぞくはず――。

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▲樹林帯を抜け、ガレ場の山頂へ。甲武信ヶ岳は日本百名山にも数えられる。

山小屋泊なら、山の時間をゆっくり楽しめる

この日は、山頂直下にある山小屋・甲武信小屋に宿泊する。日帰りならばあわただしく下山にかからなければならない時間でも、腰を据えて晴れ間を待つことができる。そんな伊藤さんの言葉通り、30分ほどでガスの切れ間から遠くの稜線がゆっくりと浮かび上がってきた。あれが金峰山(きんぷさん)、その奥に甲斐駒ヶ岳(かいこまだけ)も見えている。伊藤さんは次々に遠望できる山を教えてくれる。

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▲ガスの切れ間から、遠くの稜線がゆっくりと姿を現した。甲武信ヶ岳山頂からは八ヶ岳や南アルプス、さらに北アルプスまで望めることもある。

「山小屋泊なら、山のなかでゆっくりと時間を使うことができる。登れる山の選択肢も、山のなかでの行動の自由さも広がるのが山小屋泊登山です」

山小屋泊登山ならば、日帰りでは見ることができない山の朝日や夕景、静まり返った夜の山をたっぷりと味わうことができる。日帰りでは歩くことができないルートに挑むこともできる。伊藤さんは言う。

「夜の防寒着などプラスの荷物は持つ必要があるし、温度差が大きくなるからレイヤリング(ウェアの重ね着の方法)も学んでほしい。それでも、テント泊ほど大がかりな装備は必要ない。山小屋泊登山は、山の可能性をグッと広げる第一歩です」

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▲山頂を超え、今日の宿泊場所・甲武信小屋へ。丸太つくりの暖かい小屋だ。

丸太づくりの甲武信小屋。引き戸を開けると、小屋番さんの暖かな声と薪ストーブの爆ぜる音、そしてカレーのいいにおいが迎えてくれた。

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